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第12回 ああ気持ちいい!おしぼりの“上出来”前編

局長「おや、エメラルドくん、ずいぶんさっぱりとした顔をしてるじゃないか」
局員「えへへ、いまそこの食堂に入ったら、冷たいおしぼりが出てきたんで、思いきり顔をごしごし拭いちゃいました。夏の冷たいおしぼりって、本当に気持ちいいですね」
局長「冬の寒い時期、温かいおしぼりで顔を包みこむ幸せも捨てがたいぞ。あまりの気持ちよさに、思わず“あ~”と声が出てしまうからな」
局員「床屋さんの蒸しタオルに匹敵する気持ちよさですよね」
局長「よし、今回の調査対象は『おしぼり』にしよう。題して、『おしぼりは私たちの生活をいかに“上出来”にしてくれているか』。ジョージアの缶コーヒーを飲み終わったら、すぐに調査にかかってくれ」
局員「わかりました。また局長にしぼられないうちに、すぐに出かけま~す!」


平安の昔から受け継がれているおしぼりの“おもてなしの心”居酒屋や喫茶店などに入ると、黙って出てくる「おしぼり」。jこれは日本独特の文化だと聞いたことがあるけど、その起源はどのくらいまでさかのぼるのだろうか。
東日本おしぼり協同組合理事長の西内毅さんによれば、『古事記』や『源氏物語』に現在のおしぼりに通じるものがすでに登場しているらしい。
「お公家さんが客人を家に招くとき、濡らした布を客人に供していたようです。当時はまだ綿がありませんから、おそらく麻か絹が使われたのでしょう。ポイントは“おもてなしの心”。茶道にしろ華道にしろ、日本の文化はすべて、客人をもてなす心から始まっているんですね」
江戸時代になって木綿の手ぬぐいが普及すると、今度は旅籠(はたご)で遠来の客のために、水を張った桶と手ぬぐいが玄関の土間に用意されるようになる。客は手ぬぐいを桶の水に浸してしぼり、汚れた手や足をぬぐった。その「しぼり」に接頭語の「お」を添えたものが、のちの「おしぼり」の語源だといわれている。
「峠の茶屋でも、いまでいう“おしぼり”が旅人に振舞われていたそうです。『山道を上って、よくぞここまでいらっしゃいました』という意味で、お金を持たない旅人にも、1杯のお茶とおしぼりだけは無料で提供したとか。ここでもおしぼりはやはり、“おもてなしの心”の象徴だったんですね」
おしぼりが今日のようなスタイル、すなわち「綿のタオル地を二つ折りにしてくるくる巻き、ポリ袋に入れた形」に定着したのは、ぐっと時代が下った昭和30年代前半。高度成長期に入って日本も豊かになり、外食産業が急激に発展を遂げた時代だ。飲食店間の競争も激しくなり、他の店にはないサービスを提供しようと、喫茶店やバー、クラブでおしぼりを出し始めた。その際、お手本になったのは、江戸時代から変わらずおしぼりのサービスを続けていた、老舗の旅館や料亭だった。

はじめはどの店も、店の裏に洗濯機を置いて、“自家製”のおしぼりを出していたが、客の数が増えるとそれでは追いつかなくなる。そこに登場したのが、「貸しおしぼり業」という新たなベンチャービジネス。おしぼりを配達し、一度使ったおしぼりを回収して選択し、巻き上げ、袋詰めにして、また配達する。こうして、現在のおしぼりリユースシステムが完成した。
「昭和30年代、店主たちは1本5円で貸しおしぼりを仕入れていました。まさに、“おもてなしの心”ですよね。『よくいらっしゃいました』とお客さんに無料でおしぼりを提供するのは、峠の茶屋の精神そのもの。“おもてなし”という日本文化の精神性は、いまもおしぼりに生き続けているのです」
現在、おしぼりの出荷数は、東日本おしぼり協同組合に所属する貸しおしぼり業者76社(1都6県)に限ってみても1日800万本! 100年に一度の不況といわれ、業績悪化に苦しむ飲食店が多い中で、まだこれほどの数の“おもてなしの心”がボクらに提供されている日常は、やはり“上出来”といえるのではないだろうか。


後編に続く

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